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この仕事にかける熱い思い

セキュリティハウス札幌 代表者 市川 光男

当社の代表取締役である市川 光男は、北海道の防犯業者として草分け的な存在です。

昭和44年より防犯に従事し、昭和51年に会社設立。

防犯一筋にやってきました。

 

 

*「防犯」の仕事を昭和51年に開始されたきっかけは?

昭和44年頃 当時はまだ独身時代にバイトで防犯設備工事をした所、仕事に面白さが出て色んなシステム作りができる様になりました。

又当時勤めていた東京の本社の社長様から、  

昔の大泥棒 石川五右衛門の名言で 「石川や浜の真砂は尽くるとも世に盗人の種は尽きまじ」 と言われているから、この仕事は絶対になくならないと、言われたのは今でも忘れない一言でした。 

昭和50年の秋に個人で営業して51年に会社登記して、仕事を開始いたしました。当時は防犯設置する所は、ほとんどありませんでした。

*当時はまだまだ「防犯対策」をする、という考えがなかったとおもいますが、苦労された点は?

確かに鍵掛けからワンドア・ツーロックと言われた時代でした。

無施錠から侵入する被害が多かったです。

会社創立時は鍵の設置もやり、毎日地域の警察署に行き泥棒被害にあった家を教えてもらい営業に行きました。これが以外と成約率が良かったです。

只 毎日が新規、新規の日々なので、営業に行きづまりことも多く、大変でした。

昭和53年頃から大型ショッピングセンター ニチイ(現イオン)やコンビニ(セブン・イレブン)等が札幌に進出してきまして、そこに防犯設備の仕事が入ってきて、大型物件・百貨店等の防犯システムを弊社で設計・施工致しました。

*印象に残っている仕事、お客様はどんなことでしょうか?

私が独身時に泥棒被害に遭った住宅(某フェリー会社会長宅)に設置した防犯設備を、会長夫人が亡くなるまで、防犯機器の保守管理を私を指名いただいてメンテをやっておりました。 

防犯とは、安全と信用が大事だと思っております。

*セキュリテイハウスに入ろうと決められた理由は?

以前から竹中エンジニアリング(株)の取引をしていた時に「パルニックス専門店」をやっておりました。
昭和59年 同社の販売会社である㈱セキュリテイハウス・センターから販売店「セキュリティハウス・ステーション」の全国ネットワークを作るので賛同を持ちかけられました。コンビニと同じく全国内のネットワークでやると、スケールメリットを活かせるのではないか、と考え、「セキュリテイハウス札幌」を立ち上げました。

*総合防犯設備士の資格を取られて、どのような活動をされていますか?

平成20年に総合防犯設備士の資格を取りました。

年々大型物件も無くなりましたが、近年はマンションに防犯カメラを設置することが多いのですので、「防犯マンション」として総合防犯設備士の時に勉強した内容を営業時に活かすことができます。画画・照度の説明が勉強になりました。   

又 認定証をネックストラップに付けて、iPadを持参して新規のお客様への営業しております。

*社長が防犯システムを設計・施工される上で特に拘っている点はどこですか?

ほとんどのお客様が泥棒被害に遭って弊社にご相談に来られますので、「いかに犯罪の被害に遭わないようにするか」ということと、お客様のニーズ・予算・設置する環境などをiPadを活用しながら提案しています。

防犯設備を一筋45年以上行って生きた経験(ノウハウ)を活かしたいと思います。

総合防犯設備士として北海道防犯設備協会の理事もしている。

*平成23,24年は会長。

*写真は札幌でのセキュリティハウス懇親会。札幌で防犯業界の今後について仲間と本音で語る時間は楽しいという。市川は左奥。

息子との打ち合わせにも熱が入る。二人とも総合防犯設備士で防犯にかける熱い思いはしっかり受け継がれている。